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04
Feb
2019

ウィルソン病

【症例の概要】

患者氏名 A.S   女性  年齢 49歳

【来院までの経緯】

平成27年6月、仕事中に気分が悪くなり、早退、欠勤が増え、心療内科を受診し「適応障害」と診断され、投薬による治療が始まる。その後も症状は良くならず、いくつかの心療内科を転院するも、同様に「適応障害」の診断により薬の量も増し、投薬治療が継続される。

平成27年12月、投薬治療も半年が過ぎ、車の運転にふらつきやハンドル操作の異変が見られるようになる。

この頃から、次第に歩行も“すり足”になり、よちよち歩きとなる。全般的に行動が極端に遅くなり、喋り方にも変化が出始める。

平成28年3月、平衡感覚に異変が出始め、歩行が困難となる。さらに、スーパーの駐車場で歩行時に転倒し後頭部を強打し脳震盪を起こす。この日を境に、車の運転を中止する。

平成28年5月、食事、トイレ、入浴等の生活全般に介護が必要となり、ほぼ寝たきりとなる。外出時は車椅子を使用する。その後、背中、首、肩の痛みを訴えるようになり、さらに「適応障害」に躁鬱が重なり、苦しみ始める。

【主訴】

  • 平成28年6月30日、首、肩の痛みを訴え、来院する。
  • 平成28年7月27日、群大病院での検査結果より「ウイルソン病」と診断される。

【ウイルソン病とは】

ウイルソン病とは微量栄養素である銅の代謝障害により肝臓、脳、腎臓、眼などが冒される疾患です。 食事中の銅は、十二指腸や小腸上部で吸収され、肝臓に運ばれます。肝臓にて、銅は、セルロプラスミンという銅結合蛋白質となり、血液中に流れて行きます。また、脳や骨髄など全身の諸臓器に必要量が分布し、過剰な銅は肝臓から胆汁中に排泄    され、平衡を保っています。しかし、ウイルソン病では、この肝臓での銅代謝が障害され、肝臓中の銅がセルロプラスミンと結合出来ないことから胆汁中へ銅が排泄されず、肝臓に貯まっていきます。そして肝臓からあふれて血液中へ流れ出た銅が、脳・角膜・腎臓などへ蓄積します。また肝臓や脳に銅の蓄積が起こると、肝硬変になったり、脳の障害によって、両手を羽ばたくような振戦(羽ばたき振戦)が起こったり、バランスがとれなくなったり、あるいは筋肉の緊張が高まって手足が固くなる(筋固縮)などの症状が現れます。さらに眼の角膜周囲にカイザーフライシャー    角膜輪といって銅の沈着のため、角膜辺縁に灰色のリングが見える特徴的な所見が認められることもあります。

【身体の状態 ; 平成28年6月30日 ~】

車椅子の座位状態での姿勢保持で強い筋緊張を誘発する傾向があるようで、特に頭の位置を保持する為、頸部に強いストレスを感じてしまい短時間しか座位ではいられない。最もリラックス出来る肢位は頸椎前弯部(C4.5.6)後面及び膝窩部へ小さま枕を当てた状態での仰臥位であり、施術はこの肢位にてのみ行うことが可能である。

四肢には強い筋固縮が認められ、特に上肢では肘関節伸展位、下肢では足関節底屈位を呈しており、他動的にも関節の屈伸運動は困難である。さらに右まぶたのみ開眼しており、左まぶたは閉じた状態を呈していることが多い。

全身でみると左半身に強い筋固縮が顕著に認められる。

体調不良の時や気温、湿度等の外部環境要因からの強いストレスを感じている時は表情も険しく、呼吸も荒くなり、特に胸鎖乳突筋の筋緊張が顕著に現れ、羽ばたき振戦も激しく現れる。

【オステオパシー的考察】

患者のご家族の方への問診で肝機能障害は昔からあったとの話があり、群大病院での血液検査の結果から  肝硬変も認められており、脳障害の症状からの羽ばたき振戦、さらに角膜輪への銅沈着が認められ、ウイルソン病との診断(平成28年7月27日)となったようである。

初回来院時の段階ではウイルソン病の診断は出ておらず、本人からの主訴は頸肩部の痛みであった。

初検時の印象としては、以前、来院したことのあるパーキンソン病の患者と同様の症状が見受けられるところから、脳から出る運動指令が筋肉に伝わらなくなり、運動機能が働きづらくなっているものと考え、この神経障害のメカニズムの中の軸索輸送のプロセスを阻害している要因を排除することを目的とした治療を考察した。まず神経の細胞体にかかる力学的な圧縮を取り除き、神経の細胞体と軸索間の物質移動を促し神経伝達がスムーズに行われるように心掛けた。これにより筋固縮が緩解し、スムーズな生活動作を取り戻すことを目的として治療を行った。

さらに体調の良い日(ストレスの感知が敏感でない日)に限り、肝機能の機能改善を目的とした肝臓ポンプの マニピュレーションも行った。

【治療内容及び経過】

治療を行うにあたり、患者自身が最もストレスを感じない状態を作ることを最優先に考え、治療肢位を様々に変化させて筋緊張の度合いを試し、患者本人にも体勢的に辛いかどうかを確認し、一番リラックス出来る肢位にて治療を行うように心掛け、仰臥位にて膝窩と頸部に枕をいれた状態が最もリラックス出来る肢位であることが分かった。

その肢位にて、まず、副交感神経優位に働きかけるために後頭窩リリースから入り、全身の筋緊張を解放させるよう促した。次に、頸肩部の筋緊張の解放と腕神経叢の神経伝達をスムーズにすることを念頭に、胸郭入口及び出口周辺の筋膜リリースを行った。これは、胸郭上口に於ける骨格構造並びに血管分布、神経走行を考慮し、特に胸鎖乳突筋の支配神経である頸神経及び副神経さらには腕神経叢へのアプローチを念頭にいれ、左右の胸郭上口の前後屈テスト、左右の側屈テスト、左右の回旋テストを行った。このテストにおいて、可動制限に左右差は特に見受けられず、全体的な筋固縮に対するリリースを目的として、強いバリアに対してストレスを加え、制限ギリギリのところで保持しながら、患者に深呼吸を促してクリープを待った。その後、同様にクリープによる筋固縮のリリースを上肢(特に肩関節、肘関節、手関節)、下肢(股関節、足関節)と運動制限の強い関節を狙って行った。

この時に、患者自身がストレスのかからない肢位で施術が進むにつれ、筋固縮がリリースすると共に表情も穏やかになり、振戦も消失することが確認できた。また施術中に気が付いたことであるが、強いバリアに    対してのストレスを過度に加え過ぎると、逆に振戦が増してくることも確認できた。これは過度のストレスを脳が感知した際に、主な諸症状である振戦、筋固縮をさらに強くしてしまうということの証明であり、この治療のポイントはバリアに対して制限ギリギリのストレスでクリープを促すという部分が非常に重要であるということが認識できた。

【患者様向け指導管理及び注意事項】

本症例には患者自身が日々の生活環境の中でどのような要因にストレスを感じてしまうのかを患者自身とご家族の方々も意識して検証してもらい、出来るだけストレスを回避出来るように指導した。

 【本症例に関するコメント】

今回の来院までの経緯を時系列で事細かに患者家族から聞くにあたり、心療内科処方の投薬治療に関してのリスクを真っ先に危惧した。約1年間で症状はどんどん悪化し、介護が必要なところまで進行し、最終的には難病指定のこの病気が発覚した訳ではあるが、発覚までの投薬治療の過程になんらかの誘発要因があったのではないかと思ってしまった。

しかし、この難病指定の病気に対しても、その症状である筋固縮は緩解し、振戦も一時的ではあるが完全に消失させることが出来た。この結果から患者自身、さらに患者のご家族からも絶大なる信頼を獲得することが出来、患者の笑顔を目の当たりにすることが出来たことに最高の喜びを感じた。

このようなオステオパシー治療の優位性をさらに検証していくことを今後の目標にしていきたいと思います。